約一年前にこのブログを始めました。その時の記事には、
書体は特定の国の雰囲気を持ってるの? 3回シリーズがありました。
そして約3年前に「ここにも Futura 」を始めた目的もそうですが、「なになに書体はどこそこの国では使えない、それを知らないで使ったら大問題になる」みたいな日本でささやかれていた誤解を無くすためです。
ただ、いちど広まっちゃったのは、それがいかに事実と全然違うものであっても、なかなか無くならないんですよね。
そういえば、あれどうなったかなーと思い出したので検索してみました。
ある英文履歴書の書き方指南のサイトに、「Futura はナチスドイツで生まれた」からユダヤ系企業には使えないとか、「フランス料理のメニューには Bodoni は使わない」のようなことが欧米人の共通認識であるかのように書いてあります。
じつは、そのサイトの運営をしている会社に、事実とまったく違うから書き換えてはどうか、と提言したことがあるんです。いま文書ファイルを見たら2007年6月でした。
BBCニュースの「Helvetica 50歳」に寄せられたコメントを引き合いに出して、履歴書の書体のせいだけで不採用になることがもしあるなら、Futura について警告しているけど、Helvetica や Comic Sans を嫌う人もいることは載せないのか、落とされるのは同じでしょ、というようなことを書きました。
もちろん、言いたいのは、実際に採用を決定するのは内容であって、Helvetica や Comic Sans や Futura のせいだけで落とされるなんてありえないでしょ、ということです。ていうか Helvetica や Futura をコーポレート書体にしている大企業はけっこうあるし。
けっきょく提言は受け入れられませんでした。いまも同じような内容が載っています。
その文章を書くのに何時間もかけたんですが、水の泡でした。でも別に今すぐでなくとも、それは時間が経てば分かることだと思います。20年前から言われていた噂なら、消えるまで20年かかるのかなと。
3年前の私の文章は、こう結んであります。
「時々日本の学生から、書体デザインを海外で学びたいがどうすればいいか、と相談を受けることがあります。その人達が海外に渡り、そこで書体デザインの勉強を始めたとき、書体がイデオロギーと密接に結びついているかのような変な先入観を持っているために方向を間違うようなことがあってはいけないと思います。
書体デザインやそれについて学ぶということは、そういうことではありません。それを伝えるために私は本も書きましたし、日本の人からの質問についてできるだけ丁寧に答えます。」
この考えは今も変わりません。
1年前をふりかえって、このブログの最初の記事を見ると、こう書いてあります。
「知らないから恐い」じゃなくて、最初は「知らなくても感じる」でいいんですよ。そのうち「知れば知るほど面白い」になりますよ。
これからも、コツコツこういう事を書きます。ちょっとカタイかもしれないけど、とっても大事だと思います。上のようなメールを書くことも、あと何十回あるかもしれないなーと気が遠くなりますが。
このブログの読者のみなさんも、変な噂を信じている人に出会ったら、笑って「違うんじゃない?」と言ってあげてください。小林ってのがこんなブログ書いてるよって。
そうすることで、「タイポグラフィの怖さ」みたいな変な噂が消えるまで20年かかるところを、15年とか10年にできるかもしれない。
(追記:私が2010年3月にこの記事を書く時見た履歴書のサイトは、2010年4月10日にもういちど見たときに無くなっていました。また、同じ管理者のウェブサイトで、2007年の私の提言を受けて改善されたページもあることがわかりました。つみれさん、情報のご提供ありがとうございます。)