前の記事で、V や W をライノタイプ用に「右下があまり空かないデザインにしたんでしょう」と書きました。それについてはちょっと説明が必要だと感じたので書きます。
前のブログの本文ページはライノタイプ自動鋳造植字機で組まれたと思われます。ライノタイプ自動鋳造植字機というのはこれです。以下の三枚の写真は『Linotype Instruktionsbuch(ライノタイプ取扱説明書)』からです。
大人の背よりも高いです。下の方にキーボードが見えます。この前に普通は椅子があり、入力する人は座って作業します。
キーボードで入力した文書データをその場で活字の行単位で鋳込むもので、19世紀終わりに発明されて新聞や雑誌、書籍の組版の効率化を可能にした機械です。でも、その鋳造植字機にはいろんな制約がありました。
詳しい説明は省いて、入力された文章どおりに複数の母型が機械の上から下りてきて、並んで一行に鋳込まれた状態の活字がこれです。活字の母型が一行に並んでから溶けた鉛合金を流し込むので、一本一本バラバラにはなりません。
その母型というのが、こんな真鍮の板です。この真鍮板の厚みが字の幅になります。W だと厚い板、I だと薄い板になります。図の5番のところ、板の横が凹んだ状態になって、この溝に合金が流し込まれます。
ここでは上下に字の彫られている部分があり、A の字のレギュラーとボールド2ウェイトの母型をかねています。この対になった母型を使うと、入力している途中でボールドに切り替えることができます。合金が流し込まれる部分は一行なので、レギュラーの文章にボールドの単語が入る場合、その単語の部分だけ母型をレギュラーからボールドの位置にスライドさせて一行を組み、組み上がった後で合金を流し込んで鋳込むわけです。
板の厚みイコール字幅なので、このレギュラーとボールド二種類のウェイトは字幅が共通ということになります。
これがレギュラーとイタリックが対になった母型もあり、それだとイタリックはレギュラーと同じ幅になります。しかも、母型は斜めにならないし隣にはみ出すことができないので、四角の中にむりやりデザインすることになります。これがデザイン的な制約で、Baskerville のレギュラーとイタリックを例にとるとこうなります。字の周り、ここまでがその字の母型の幅だったんだろうと見当を付けて白い線を引きました。
K のむりやりな感じや、N で右下の空きを埋めようとしているところや、下の写真のイタリックの小文字の f もデザイン的に苦しい。
これがライノタイプ活字の特徴です。機構の説明はだいぶ省略しましたが、活字のデザインが難しかったことと、イタリック体で右下のアキをなるべく埋めようとしていたことが伝わればいいかなと思います。
でも、ライノタイプだと絶対 V や W がこうなるというわけでなく、右下が空いてもいいから普通の形の V や W が欲しい場合にはそういう母型もありました。さらに、右下が大きく空かなくてすむように、次に来る字を「Va」「Wa」など一つの母型にして用意もしてありました。